前回までの微細化シリーズでは「半導体デバイス」の“デバイス”という側面について主にお話をしました。今回以降の3回は、デバイスについても若干触れますが、主に“半導体”という材料に関連したお話をしたいと思います。
第10回 Siウェーハの大口径化
~ありふれた物質Si(シリコン)が主役になるまで~
今回はSi(シリコン)について、次回はSiウェーハについて、そして次々回で「Siウェーハの大口径化」についてお話しします。今回はまずSiという物質についてと、半導体デバイスでSiが主流になるまでの経緯などをお話ししたいと思います。
※ウェーハ(wafer):ウェハやウェハーなどの表記がよく使われますが、SEMIやSEAJ等の業界団体がウェーハという表記を使っていますので、ここではウェーハと表記します。
Siはどこにでもある
Siは私たちの身近のいたるところにあります。どこにあるんだ?と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、Siは地面(専門用語では地殻)、すなわち岩や石や砂や土、の主成分です。ただし単体では存在せずSiO2(二酸化ケイ素)のような化合物の形で存在しています。
※「土」には、石や砂が細かく砕けた粒子だけでなく、動物や植物の死骸や腐敗物などの有機物が含まれています。
例えばビーチの砂にもSiがたくさん含まれています。下の写真は白い砂で有名な和歌山県白浜町の白良浜(しららはま)です。この白い砂はほとんどが石英の粒で、石英はSiO2からなる鉱物です。この砂は昔はガラスの原料としても使われたとか。ただし開発が進んだ影響で砂浜がやせてきて、オーストラリアのパースの砂を継ぎ足しているそうです。
具体的に数字で見てみましょう。地殻中で一番多い元素は酸素で2番目がケイ素(珪素)すなわちSiです。酸素が多いのはSiO2のような酸素を含んだ化合物の形で存在しているものが多いからだと思います。質量の割合は、文献によって若干差がありますが、大まかには1位酸素46-47%、2位Si 27-28%、3位アルミニウム8%、4位鉄5%、5位以下は5%未満です。地殻の質量の4分の3は酸素とSiで占められています。
Siは自然界には単体では存在しないので、Siを工業的に利用するにはSiO2を主成分とする鉱石からSiを分離する必要があります。人工的に分離されたSiという物質は、下の写真のように、金属光沢をもつ灰色の、「硬いが脆い」物質で、金属のように曲げたりいろんな形に変形させたりすることはできず、大きな力を加え過ぎると割れたり壊れたりしてしまいます。
ちなみにトランジスタ発明後しばらくは半導体材料としてGe(ゲルマニウム)が使われたと第1回でお話ししましたが、そのGeの地殻中の含有割合は非常に少なく1.5~2ppm(0.00015~0.0002%)程度しかありません。Siとは違って非常に希少な物質です。
以降ではこのSiと言うありふれた物質が半導体の主役になるまでの半導体の歴史をお話ししたいと思います。
トランジスタ以前の半導体の話
話はトランジスタ発明のはるか以前の19世紀に遡ります。
半導体については19世紀にいろいろな発見がありました。
半導体は金属と違って高温で電気抵抗が小さくなる性質を持っていますが、1833年(1839年としている資料もあります、日本は江戸時代の末期)にファラデーが硫化銀(Ag2S)という銀鉱石で初めてその現象を発見します。半導体という言葉がいつから使われているかはわかりませんが、これが半導体的性質が発見された最初の事例だと考えられています。
次に少し間が空きますが、1874年(明治7年)にブラウン管の発明者でもあるドイツのブラウンが、金属硫化物(金属と硫黄の化合物)に金属の針を接触させることで整流作用(電流を流す方向により電流値に大きな差があること)が生じることを発見します。ブラウンは1909年にノーベル物理学賞を受賞しています。天然の金属硫化物としては上述の硫化銀(Ag2S)以外にも黄鉄鉱(FeS2)や方鉛鉱(PbS)などの鉱石がありますが、これらは半導体です。また同じ年にイギリスのシュスターにより銅と酸化銅の接触面に整流性があることも発見されています。酸化銅も酸化物半導体のひとつです。
※整流性については1835年に既に観測されていたとしている文献もあります。
ブラウンの発見が後の鉱石検波器へ、シュスターの発見が後の整流器につながっていきます。どちらも整流作用を利用したデバイスですが、鉱石検波器は受信電波から信号を取り出すデバイスとしてラジオやレーダーなどの無線通信機器に使われ、整流器は交流を直流に変換するために使われました。そして鉱石検波器は後々のトランジスタの発明へとつながっていきます。
鉱石検波器というのは鉱石に細い金属針を立てたもので鉱石としては方鉛鉱や黄鉄鉱などが使われました。検波器は1905年前後に世界中の複数名により発明されて特許化されています。これは最初の半導体デバイスと言ってもいいかもしれません。
鉱石検波器は現代風にいうとショットキーバリアダイオードなのですが、当時はこれが整流性を示すメカニズムは理解できていませんでした。第6回で量子力学を基礎にした固体物理学の急速な発展が半導体の素性を明らかにしトランジスタの発明につながったと説明しましたが、その量子力学ができる20年前の話なのでメカニズムが理解できなくて当然です。
鉱石検波器はその後二極真空管に取って代わられますが、無線の周波数が高くなると真空管では対応できなくなり、再び鉱石検波器が使われるようになります。
そして第二次世界大戦中にレーダーの開発が重要なテーマとなり(1940年ごろ)、その中で鉱石検波器が重要なデバイスとして研究されるようになりました。しかし天然鉱石では特性が不安定だったようです。天然なので物によって個性が違っていて当然ですし、一つの塊の中でも場所によって微妙に性質が違うということは十分ありうる話です。針を動かして特性のいいところを探すということも行われていたようです。工業製品とは言い難い感じですね。
そして従来の天然鉱石のかわりに人工の結晶であるSiやGeが使われるようになります。ようやく主役の登場です。1930年代には量子力学をもとにした固体物理学の発展により半導体の理解が進み整流作用の説明もできるようになっていました。科学的な理解に基づいて材料やデバイスの研究と開発ができる体制ができ、これが後のSiやGeを使ったトランジスタや集積回路につながっていきます。
点接触型Geダイオード(鉱石検波器の発展形)
ちなみにSiは1823年に発見されていましたが、Geの発見は1885年(資料によっては1886年)でした。Geの存在は元素の周期表から予想されていました。
子供のころ(多分1970年頃)Geの鉱石検波器を使った鉱石ラジオを作った記憶があります。何かの雑誌の付録だったかもしれません。
Geを使った鉱石検波器はGeに金属の針を1本立てたものですが、実は最初のトランジスタは点接触型トランジスタと呼ばれてGeに2本の針を立てたものでした。鉱石検波器に針を1本追加しただけとも言えます。鉱石検波器の研究がトランジスタの発明につながっていると思います。
そしてGeからSiへ
第1回の最初に半導体の説明をしました。その中で、トランジスタが発明された当時はGeとSiが共に使われていたが実用化という点でSiの優位性が確立し主にSiが使われるようになった、とお話ししました。時期的には1950年代の後半頃だと思われます。この点をもう少し詳しく説明しましょう。
まずデバイスの性能面の違いです。動作速度はGeが勝りますが、Geは熱に弱く高温でうまく動作しません。それに対してSiは高温でも安定して動作します。それ以外にも例えばリーク電流に関してもSiが優れており、トランジスタを発明したベル研究所もある時期からはSiの優位性を確信しSiにフォーカスしていたようです。
第1回でトランジスタラジオにGeトランジスタが使われたという話をしましたが、トランジスタラジオはそもそも発熱するようなシステムではないので、熱に弱いGeでも問題なかったと思われます。しかしテレビに使う場合はそうはいきません。発熱する部品があるし大電流が流れて自己発熱で高温になるので、Siが必須になったようです。第4回でお話しした電卓でも最初はGeトランジスタでしたが、やはり温度変化に弱かったということで、1年後にはSiトランジスタが採用されました。
もう一つ重要なのはデバイスの作りやすさに直結する安定した酸化膜の存在です。現在ののSiの集積回路のプロセスはこの酸化膜なしでは考えられないほど安定した酸化膜の存在は重要なのですが、これは当たり前ではないのです。Geでは安定した酸化膜は形成できません。
以上今回はSiウェーハの話をする前段として、ありふれた物質であるSiが主役になるまでの経緯をお話ししました。次回はSiウェーハの作り方についてお話ししたいと思います。
※過去の記事はこちら:
シリーズ:半導体の微細化
第1回: 半導体の微細化 ムーアの法則とは
第2回: 半導体の微細化と半導体プロセス
第3回: 半導体の微細化と国際半導体技術ロードマップ
第4回: 半導体の微細化と半導体ビジネス
第5回: 半導体の微細化と半導体ビジネス その2
第6回: 半導体の微細化と半導体デバイス
第7回: 半導体の微細化 スケーリング則とは
第8回: 半導体の微細化 スケーリング則の限界
第9回: 半導体の微細化とアナログ回路