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半導体産業の水平分業化 ~製品別、国別の水平分業の実態(前編)~

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半導体産業の水平分業化というテーマでお話をしているわけですが、実は「すべての製品、すべての国で水平分業が進んでいるわけではありません」というのが今回のお題です。

お話ししたいことが沢山あるので、2回に分けてお話しします。前編(今回)で「すべての製品で水平分業が進んでいるわけではありません」についてお話しし、後編(次回)で「すべての国で水平分業が進んでいるわけではありません」についてお話しします。

第17回 半導体産業の水平分業化
~製品別、国別の水平分業の実態(前編)~

 

すべての製品で水平分業が進んでいるわけではありません

では、「すべての製品で水平分業が進んでいるわけではありません」というお話から始めます。以下でそれぞれの製品について見ていきましょう。

 

(1)先端ロジック半導体

最も水平分業が進んでいるのは先端ロジック半導体です。PCの頭脳であるCPU、最近話題のAIサーバーに使われるGPU、スマホに使われるSoCなどが代表的な製品です。

※先端ロジック半導体については文末の補足説明を参照ください。

 

「第5回 半導体の微細化と半導体ビジネス ~最先端の微細化はお金がかかります~」でお話ししたように、プロセッサ等の先端ロジック半導体用の先端微細プロセスの開発と生産を継続することは、技術的に困難なだけでなく多額の投資が必要であり、現時点で継続できているのはIDMのインテルとサムスン、専業ファウンドリのTSMC3社だけになってしまいました。

したがって、インテルとサムスン以外の会社が先端の微細プロセスを使って先端ロジック半導体を作る場合、ファウンドリを使うという選択肢(すなわち水平分業)しかありません。

ファウンドリとしては、TSMCとサムスンが先端の微細プロセスを提供していますし、インテルもこの分野に本格的に参入することを決めました。この3社のどれかをファウンドリとして使うことで、インテルとサムスン以外のIDMやファブレスが、先端ロジック半導体を作ることができます。

実際に、第13回でお話ししたように2021年の半導体企業売上ランキングTOP10に5社のファブレスがランクインしていますが、この5社の製品は先端ロジック半導体です。同じく第13回で書きましたが、半導体ユーザーであるアップルやその他のGAFAMがファブレスとして自社専用の半導体を作っていますが、それも先端ロジック半導体です。またTOP20に入っている数社のIDMはマイコンを作っていますが、自社で対応できない微細プロセスに関してはファウンドリを使っています。

2021年だけでなく2022年も半導体企業売上ランキングのTOP10には5社のファブレスがランクインしています。

 

ただし、インテルやサムスンも、IDMではありますが、ファウンドリも利用しています。すべてを自社で生産しているわけではありません。またサムスンのシステムLSI事業部はファブレスという位置づけです。2017年にシステムLSI事業部からファウンドリ事業部を分離しています。インテルも社内ファウンドリ事業モデルを導入すると202210月に発表していますし、2024年からファウンドリ事業部を事実上他部門と切り離すと20236月に発表しています。両社とも内部にファブレスとファウンドリを抱えることになり、純粋なIDMとは言えない状態になると思います。すなわち、先端ロジック半導体の世界が、完全な水平分業の世界に近づいているということになります。

※インテルのパット・ゲルシンガーCEO20212月就任)が20213月にIDM2.0戦略を発表していますが、その中で外部ファウンドリ利用の拡大とファウンドリサービス事業の拡充を表明しています。

※サムスン電子のweb siteに「システムLSI事業部は、サムスン電子で唯一のファブレス事業部」という記述があります(2023111日時点)。

 

PCやサーバー用のCPUGPU等のプロセッサの性能の進化は、プロセスの進化に支えられているので、プロセスでリードしている限りはIDMが有利だったんだと思います。だからこそインテルはプロセスの微細化を進めムーアの法則を追求してきたと言えます。しかし、インテルは最先端微細プロセスの立ち上げに苦戦し、2020年には当時のCEOがプロセス開発の遅れを認めて自前プロセスにはこだわらない方針を示すなど先行き不透明感が漂っていましたが、パット・ゲルシンガー新CEO20213月の方針説明で、今後もIDMとして自社工場での最先端微細プロセスの開発と生産を続けてリーダーシップを取り戻すという方針を示しました。

 

以下は、先端微細プロセスに使われるトランジスタの3Dモデル。微細化が進むと左から右に進み、立体化・複雑化していく。
ピンク:ゲート電極  青:絶縁層(SiO2)  銀色:シリコン(Si

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Planar FET

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FinFET

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GAAFET(Gate-All-Around FET)

さて、先端ロジック半導体の場合は上述の通り水平分業が進んでいますが、それ以外の製品は事情が異なります。

 

(2)メモリー半導体

主要なメモリー半導体(DRAMNANDフラッシュ)の売り上げ上位企業はすべてIDMです。以前は米国・欧州・日本など世界中の主要なIDMDRAMを作っていましたが、次々に撤退し、現在はサムスン、SKハイニックス、マイクロンの3社で90%以上を占める寡占市場です。NANDフラッシュはこれにキオクシア、ウエスタンデジタルを加えた5社で90%以上を占めています。前述の先端ロジック半導体とは対極の、少数のIDMが市場を支配する世界です。

※従来は「メモリ」と表記しておりましたが、当社内のカタカナ表記統一化方針に則り、今後は最後に長音符合を付けて「メモリー」と表記します。
DRAMDynamic Random Access Memoryの略、NANDフラッシュはNAND Flash Memoryのこと。どちらもメモリー半導体(記憶素子)の一種。

第5回でお話ししたように、DRAMNANDフラッシュも微細化や三次元化による大容量化を追求しているデバイスですが、微細化や三次元化というのは前工程の技術です。回路やシステムの設計というより前工程の技術が重要になるわけですから、自社で前工程を保有するIDMが主役になると思います。

 

メモリー半導体が搭載されている製品例

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NANDフラッシュが搭載されたSSD(Solid State Drive) 

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DRAMが搭載されたコンピューター用メモリーモジュール

 

 

(3)アナログ半導体とディスクリート半導体

アナログ半導体とディスクリート半導体は、極端な微細化が要求されるわけではありません。よって、先端ロジック半導体とは異なり、水平分業化以前からビジネスを展開していたIDMが、そのまま自社工場で生産を継続することが概ね可能であり、IDMが存在感を持ち続けていると考えられます。実際アナログ半導体もディスクリート半導体も売り上げの上位企業はIDMです。アナログ半導体の売上シェアトップのTIは次々と自社工場を建設して内製比率を上げようとしていますし、ディスクリート半導体の一種であるパワー半導体の国内外の大手IDMも、自社の製造能力増強の投資を次々に実行に移しています。SiCのパワー半導体の世界ではウェーハ製造まで取り込んで垂直統合しようとする企業もあります。これらの動きは水平分業とは逆の垂直統合の強化の動きです。

AdobeStock_415305272aディスクリート半導体の例:様々なパッケージに搭載されたトランジスタ

 

前述のように垂直統合の強化の動きがある一方で、特にアナログ半導体の場合、自社工場の能力を超える微細プロセスを使う場合や生産能力を補完する目的で、IDMがファウンドリを利用することは普通に行われていますし、有力なファブレスのアナログ半導体企業も存在します。この点は基本的には自社工場で生産するDRAMNANDフラッシュとは違うところです。IDM(垂直統合)と水平分業が併存している感じです。ファウンドリも古い工場の古いウェーハプロセスを活用するためにアナログ半導体用のウェーハプロセスを提供していますし、アナログ半導体に特化したファウンドリもあります。

 

※ディスクリート半導体:日本語では個別半導体と呼ばれる。トランジスタ、ダイオードなどの素子単体(1個の素子)で構成される製品。
※アナログ半導体:連続的な電気信号を処理する半導体のこと。電気信号を増幅するオペアンプやそれぞれの電子回路に合わせた電源電圧を供給する電源ICなどが代表的な製品です。
オペアンプや電源ICは当社の主力製品でもあります。具体的な製品は以下のリンクをご覧ください。

製品・サービス | 日清紡マイクロデバイス (nisshinbo-microdevices.co.jp)

 

以上のように、製品別にみてみると、すべての製品分野で水平分業が進んでいるわけではなく、水平分業が進んでいるのは先端ロジック半導体だけで、それ以外は今でもIDMの存在が大きいと言えます。そもそも半導体という言葉でひとくくりにしていますが、半導体という材料を使うということとその基本的な製造技術と素子の動作原理が共通しているだけで、それぞれの製品は別物で世界が違います。水平分業の程度が違っていても当然のような気はします。例えば、SoCSystem on a Chip)を作っているファブレスはシステム屋さんなのであって半導体屋さんではないのではないか、と思わないでもありません。

 

ただし、ファウンドリというものが定着しているので、工場を埋めるのが難しいようなニッチな製品でもファブレスで起業が可能です。したがって、規模の大きい企業の場合は上記のようになっていますが、ほぼすべての製品分野でファブレスというものが存在します。実際にDRAMやディスクリート半導体のファブレスも存在します。そういう意味では、すべての分野に、程度の差はあれ、水平分業が広がっているという言い方もできます。

※日本にもパワー半導体(ディスクリート半導体の一種)のファブレスが存在します。

例えば、近年ディスクリート半導体の一種のパワー半導体において、SiCGaNが注目を集めていますが、これらの半導体についてもサービスを提供しているファウンドリがありますので、この分野でもファブレスが参入しています。

 

以上で「すべての製品で水平分業が進んでいるわけではありません」についてのお話は終わりです。次回の後編では「すべての国で水平分業が進んでいるわけではありません」についてお話しします。

 

補足説明

先端ロジック半導体について

はっきりした定義はありませんが、ここでは先端微細プロセスを使うロジック半導体を指します。先端微細プロセス自体も決まった定義はありませんが、ここでは28nmプロセスあたりから先のプロセスを想定しています。28nmは量産開始後すでに10年程度の年月(2023年時点で)が経過しており、成熟プロセスと呼ばれることも多いですが、28nmプロセスの前後のプロセスから開発・量産の難易度が上がり自社生産をしていない大手IDMも多いので、ここでは先端と呼ぶことにします。

具体的な製品は、プロセッサおよびプロセッサとその他の機能をひとつのチップに統合した製品や第5回で説明したFPGAなどです。仮想通貨(暗号資産)マイニング用の専用半導体(ASIC)も先端ロジック半導体です。

プロセッサおよびプロセッサとその他の機能をひとつのチップに統合した製品の例:CPU/GPU/MPUPC・サーバーなどのコンピューターに使われる)、SoC(主にスマホなどに使われる)、MCU(日本語ではマイコンと呼ばれることも多い。車、家電などに使われる。ただしMCUは先端微細プロセスを使わない製品も多い)

略称の説明

FPGA: Field Programable Gate Array
ASIC: Application Specific Integrated Circuit
CPU: Central Processing Unit
GPU: Graphics Processing Unit
MPU: Micro Processing Unit  
SoC: System on a Chip
MCU: Micro Controller Unit

 

 

※過去の記事はこちら:
シリーズ:半導体の微細化
  第1回: 半導体の微細化 ムーアの法則とは
  第2回: 半導体の微細化と半導体プロセス
  第3回: 半導体の微細化と国際半導体技術ロードマップ
  第4回: 半導体の微細化と半導体ビジネス
  第5回: 半導体の微細化と半導体ビジネス その2
  第6回: 半導体の微細化と半導体デバイス
  第7回: 半導体の微細化 スケーリング則とは
  第8回: 半導体の微細化 スケーリング則の限界
  第9回: 半導体の微細化とアナログ回路
  第10回: Siウェーハの大口径化 ~ありふれた物質Si(シリコン)が主役になるまで~
  第11回: Siウェーハの大口径化(その2) ~Siウェーハができるまで~
  第12回: Siウェーハの大口径化(その3) ~大口径化の理由と歴史~
  第13回: 半導体産業の水平分業化とファブレスの躍進
  第14
回: 半導体産業の水平分業化の歴史~ファブレス半導体企業の誕生~
  第15回: 半導体産業の水平分業化の歴史~ファウンドリの誕生~
  第16回: 半導体産業の水平分業化 ~ファウンドリは下請けか?~

半導体産業の水平分業化 ~ファウンドリは下請けか?~
半導体産業の水平分業化 ~製品別、国別の水平分業の実態(後編:国別)

About Author

吉田 典生
吉田 典生

1981年 (株)リコー入社、リコー半導体事業立ち上げに参画しその後約40年にわたり半導体ビジネスに携わる。 技術者およびマネージャとして半導体前工程の製造技術・装置技術・プロダクト技術、研究所での製造プロセス開発、アジア各国での前工程生産外注立ち上げを経験。 その後シニアマネージャとして半導体後工程も含む生産技術全般、さらに生産管理や購買も含む生産全般のマネジメントを担当。 また業界団体SEMIの主催するセミナーにおいて20年以上にわたりエッチング技術の講師を担当。 日清紡マイクロデバイス(旧リコー電子デバイス)株式会社として分社化した今は、営業戦略全般のアドバイスも行いながら、“会社の歴史の語り部”という役割も担う。

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